大判例

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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)454号 判決

控訴人

積明正義

控訴人

原恒雄

右両名訴訟代理人

立木豊地

外二名

被控訴人

合資会社

高倉製材所

右代表者

高倉貴司

右訴訟代理人

浜田英敏

主文

一  原判決主文第一項、第二項中各控訴人関係部分を次のとおり変更する。

1  控訴人らは被控訴人に対し、各自金二六〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月二三日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人ら、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は、被控訴人において控訴人らに対し金八〇万円の担保を供するときはその控訴人に対し、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人(以下控訴代理人という)は、「原判決中控訴人ら関係敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人が、仮に控訴人積明が被控訴人に対し、金三三〇万円の損害を与えたとしても、被控訴会社代表者高倉貴司は、昭和四八年一〇月二二日控訴人積明とともに本件山林を見分した際同山林につき「原敬二の所有」を表わす明認方法がとられているのを確認したのであるから、控訴人積明に右明認方法の真偽を尋ねるだけでなく、直接原敬二に問い合せるなど所有関係の確認に努力すべきところ、高倉は右の努力を怠つたから、この点において同人にも過失があり損害額の算定に当り右過失を斟酌すべきであると述べ、被控訴代理人が、控訴人の右主張は争うと述べ、証拠〈省略〉。

理由

一まず本件山林及びその地上の本件物件の所有権の帰属につき判断する。原審における証人原敬二、同田中正美、控訴人原恒雄(一部)の各供述によると次の事実が認められる。即ち、亡原円蔵は本件山林を含む多くの山林を所有し山林業を営んでいたが、同人とその長男である控訴人原とは折合いが悪く同控訴人は林業の手助けはあまりしていなかつた。昭和四五年ごろには控訴人原の実子原敬二(右両名の親子関係は当事者間に争いがない)が祖父円蔵所有山林の管理をしていた。亡円蔵は昭和四五年ごろ本件物件を含む山林多数を訴外原敬二に与える旨遺言しこれにつき公正証書を作成した。昭和四七年一二月から四八年一月にかけて亡円蔵は控訴人原ら四名の子供達に山林を贈与し、同控訴人は二二筆を貰つた。昭和四七年控訴人原が本件物件に隣接する山林を宇川一行に売却し、同人がこれを伐採したので亡円蔵が怒つたことがある。亡円蔵は昭和四八年三月一七日死亡し、本件物件は右遺言により原敬二が承継した。同人は亡円蔵の四九日にあたる同年五月中旬、親族一同に右事実を告げた。控訴人原も、その事は聞いたが不服に思い同人との間に一旦争いが生じた。しかし、結局同人もやむを得ないとあきらめ本件山林につき敬二のため相続登記がなされ、原敬二は、同年八月ごろ本件山林の入口、中ほど、上部約五箇所の立木の幹の荒皮のみを削り、右削つて平滑となつた部分にそれぞれ「原敬二所有立入禁止」と記載した。

右認定の事実によれば本件山林及び物件は昭和四八年一〇月当時は訴外原敬二の所有に属していたことが認められる。原審における控訴人原の供述中右認定に反する部分は、同控訴人のその余の供述及び原審における証人原敬二の供述と対比して採用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで控訴人らの不法行為の成否につき判断する。〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

製材業者である宇川一行は、同人の番頭武吉宏憲を交渉に当らせて昭和四八年七月二五日控訴人原から本件物件を金六三〇万円で買受けることとなり、同日前渡金一〇〇万円を支払い同年一〇月八日両者間で正式に売買契約を締結し売買契約書(甲第二号証)を作成した。宇川は同日控訴人原に対し金五〇万円を支払い、残代金は同月一五日から二〇日までに支払う旨約した。宇川は本件物件を自分で伐採するつもりであつたが右正式の売買契約成立前の同年九月ごろ山下一正から転売の意向を打診され当時電柱にする材料を求めていたためそれを買う代金を調達する都合上本件物件を転売する気になり右武吉が農業のかたわら山林売買の斡旋をしていた控訴人積明を現地に案内した結果同年一〇月二〇日同控訴人との間で本件物件を代金八〇〇万円と定めて同控訴人に売り渡す旨の売買契約を締結した。その際作成された立木売渡書(甲第一号証)の名宛人は控訴人積明とされていたが、後に同控訴人がこれに「高倉製材所代人」との肩書を記入した。控訴人積明は右売買に先立ち昭和四八年九月ごろ宇川に対し前記山下とともに本件物件の転売の話を持ち込み、同年一〇月はじめ被控訴会社代表者高倉貴司に本件物件の買取りを求め、同人を山下と共に本件山林の現地へ案内した。現地には原敬二の所有を示す前叙文句が杉の荒皮を剥いで白ペンキで記されていた。高倉は所有者が誰であるか不審に思い、控訴人積明と右山下に確かめた。同人らは控訴人原と右の原敬二は親子であり、今は喧嘩しているが別に問題はないと説明した。高倉はこれを信じ同月二二日本件物件を控訴人積明から代金九〇〇万円で買受ける契約を結び、被控訴会社は同日控訴人積明に対して右金員を支払つた。控訴人積明は同日宇川に前叙買受代金八〇〇万円を支払い同人から領収書を受け取り、同日右領収書と自分名義の金一〇〇万円の領収書を被控訴会社代表者高倉に交付した。被控訴会社は伐採の準備のため同年一一月本件物件を調査しようしたが、原敬二から抗議を受け、同年一二月一日本件物件につき伐採禁止の仮処分命令を受けた。結局被控訴会社は本件物件を取得することができず、控訴人積明に支払つた売買代金九〇〇万円相当の損害を受けた。

原審における証人武吉宏憲(第一回)、同山下一正、控訴人ら及び一審被告宇川一行の各供述中右認定に反する部分は採用し難い。

被控訴人は、控訴人らが共同して被控訴人を欺罔し、前叙九〇〇万円を騙取した旨主張するが、右認定の事実によつてもこれを認めるに足らず、他に右主張を認めるべき証拠がない。しかし、前叙認定の事実によると、控訴人原は本件物件が同控訴人の子原敬二の所有であることを知りながらこれを自己の物として宇川一正に売り渡し、同人から本件物件を買い受けた控訴人積明は、被控訴会社代表者高倉を本件山林に案内した際同山林が原敬二の所有である旨の前示明認方法を認識しながらその真偽の程を原敬二に問い合わせあるいは登記簿を閲覧して所有関係を確認することなく本件物件を被控訴会社に売り渡したかのようであるが、控訴人積明の買受日と売渡日が同一であり、同控訴人が被控訴人に交付した領収書を前叙のとおり二通に分け、一〇〇万円のみ同控訴人名義で作成し、八〇〇万円は宇川が作成している事実に昭らし、控訴人積明が宇川と被控訴会社との間の本件物件の売買を斡旋したものであると認めるのが相当である。このように控訴人原は、同控訴人から本件物件を買い受けた宇川はもとより、同人がこれを他に転売した場合には転買人も本件物件の所有権を取得できないことを知りながらこれを自己の所有物として宇川に売り渡したため最終買受人である被控訴会社に損害を与えたというべく、控訴人積明は、宇川と被控訴会社との売買の斡旋に当り本件物件の所有権が売主に属することを確認すべき注意義務を怠り当事者間に右売買を締結させ、そのため被控訴会社に損害を与えたというべきであり、控訴人原の前記故意と同積明の右過失とは客観的に関連共同すると認められる。さすれば、控訴人らは共同不法行為者として、本件物件の買い受けによつて被控訴会社が被つた損害を連帯して賠償すべき義務がある。

二進んで、被控訴会社が賠償を求め得る損害額につき判断する。被控訴会社は控訴人らの前叙共同不法行為によつて金九〇〇万円の前示売買代金相当額の損害を被つたことが認められる。しかし、被控訴会社代表者高倉も本件山林の見分に赴いた際前叙のとおり原敬二の所有である旨の明認方法の存在を認識したにもかかわらず、買主として本件物件につき所有権が売主に属することの確認を自ら講ずることなく、同控訴人や山下の言を軽信し、本件物件を買い受けて売買代金九〇〇万円を支払つたのであるから損害額の算定に当り右過失を斟酌すべきであり、右事実に控訴人積明が被控訴会社代表者高倉を前叙のとおり詐術を用いて欺いたことを考えあわせると被控訴会社の過失割合は一割とみるのが相当である。そして、前叙九〇〇万円の損害額から右割合の金九〇万円を控除すると、残損害額は八一〇万円となる。ところで、被控訴会社と控訴人原との間に控訴人ら主張の日に主張の山林に生立する杉、檜等を金五七〇万円と見積り、損害金の支払いに代えて控訴人原が被控訴会社に譲渡する旨の代物弁済契約が締結され、右立木の引き渡しを了したことは当事者間に争いがない。控訴人らは右代物弁済によつて被控訴会社の本件不法行為に基づく損害賠償債権は全部消滅したと主張する。しかし、〈証拠判断略〉。かえつて、〈証拠〉によれば前叙代物弁済契約は、本件損害賠償債権の一部弁済のためになされたことが認められる。そこで、前叙残損害額八一〇万円から右代物弁済に供した立木の見積り価額五七〇万円を差し引くと、残額が二四〇万円となることは計数上明らかである。

さらに、控訴人らが、本件不法行為による被控訴人の損害の任意の弁済に応じないので、被控訴人が本訴の提起、追行を被控訴代理人に委任し、相当額の手数料、謝金を支払う旨約したことは、本件記録添付の委任状及び弁論の全趣旨によつて認めることができ、本訴の難易、認容額等を参照すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害は金二〇万円であると認めるのが相当である。

さすれば被控訴人の本件請求は各控訴人に対し以上の損害合計金二六〇万円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四八年一〇月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当とし認容し、その余は失当として棄却すべきである。

三よつて、これと一部異なる原判決中各控訴人関係部分を民訴法三八四条、三八六条に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

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